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2004年11月の記事

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今年の4月からオンエアされているCM、
日清カップヌードル「NO BORDER」シリーズ。
今年一番のお気に入りCMです。

カップヌードルとMr.Childrenの曲、そして壮大なコンセプトと
組み合わせだけを聞くとちぐはぐな印象を受けますが、
CMを観れば一目瞭然、これ以上はないといっていいぐらいのものに
なっています。

「消える国境」篇、「赤の広場」篇、現在流れている「希望」篇と
3つあるこのCM。
どれもテーマ性が濃く、映画のような映像で見ごたえがありますが、
何といってもミスチルの「タガタメ」がいいですね。
飾りのないストレートな歌詞がまっすぐに心に響く。
小さなエピソード仕立ての映像と相まって
いつまでも忘れられない、そんな印象的なCMに仕上がっています。

このCMを観て思うのはこんなこと。
嫌でも私たちの目に耳に届いてくる、信じられないようなニュースや情報。
幾度となく繰り返される人間の愚行。
いつまでも終わらない戦争。紛争。殺し合い。

だけど本当は境界線なんて存在しない。
人間が勝手に作り出し、線を引いただけのもの。
境があると信じ込んでいるだけに過ぎない。

BORDERを構成しているカップヌードルを
何の気負いもなく無邪気に手にした子供たちのような人間が増えれば
状況は変わるのかもしれません。
それが難しいことなのですけれどね。


カップヌードル公式サイト

CMのロングバージョンを試聴したり、
企画意図や制作秘話などが見られるのでおすすめ。
特にメイキング映像(タガタメ付き)は結構長くて必見です。


※現在はもう試聴できないようです。
代わりに動画サイトのリンクを貼っておきます。

ところで、最初の「消える国境」篇を観た時
広大な景色が「LotRみたいだ」と思ったのですが、
あながち間違ってはいなかったようで
実際にニュージーランドでロケを行なったようですね。
これも好きな一因かもしれない(笑)


●「シフクノオト」

シフクノオト
シフクノオト
Mr.Children, 桜井和寿, 小林武史

「タガタメ」はアルバムの「シフクノオト」に収録されています。
CMでは聴くことのできない、最後のほうの振り絞るような、
必死に願いを込めた歌声には圧倒されました。
CMで感じたテーマがこの曲全体にも表れています。

ちなみに「シフクノオト」では他に「掌」「花言葉」をよく聴いています。
「掌」の「ひとつにならなくていい」「認め合えばそれでいいんだ」
というメッセージは「タガタメ」に通じるところがありますね。
いいアルバムです。
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[エンタメ]音楽 | 22:54:28 | コメント(4) | ▲TOP
ログそのもののインポートは簡単でしたが、
コメントとトラックバックは移行できないみたいですね。

仕方ないのでコメントを手動でちまちまとコピペ中。
トラックバックの移行ははさすがに不可能ですが、
コメントもblogの一部だと思うので頑張ってコピペしています。
何よりも皆さんが書き込んでくれたコメントをJUGEMに放置することだけは
イヤでしたし。
そういうわけでコメントの日付、コメントIDが同じでも自作自演ではないので(笑)
よろしくお願いします。

他にもHTMLやCSSをいじるのにかなり時間がかかりそうです。
テンプレ自体はFC2Blogテンプレート製作所さんが配布してくださっている
シンプルでかわいいものなので、ほとんどのベースは
これで行くつもりですが。

引越しは大変な労力がいるけれど、早くこのblogをメインにしたいですね。
[雑記]ブログのお知らせ・日記 | 23:30:28 | コメント(0) | ▲TOP
その2では登場人物の高里と広瀬に焦点を絞って
考察してみようと思います。
以下は十二国記シリーズを含むネタバレです。
未読の方はご注意ください。










■高里について



あまりの不幸ぶりに愕然とさせられた泰麒こと高里。
「風の海 迷宮の岸」を読んだ身からすれば、
「魔性の子」は怖いというよりも切ない想いばかりが強かったです。

「風の海」ではおとなしくも無邪気でかわいい子供だった泰麒も、
「魔性の子」では家族にさえも心を閉ざした無口な少年に。
彼をここまで変えてしまった蓬莱での生活に思いを馳せずには
いられないほどでした。
「お母さんに会いたい」と泣いていた健気な泰麒を知っているから、
「魔性の子」での母親の変わり様はただただ哀しい。

高里の纏う柔らかな雰囲気が印象的。
記憶や角をなくしているのにもかかわらず
「風の海」の時よりも遥かに麒麟らしい凛とした印象を与え、
周囲が騒げば騒ぐほど高里の異質な静けさが際立っていました。

それにしても、なんて運命だろう。

十二国ではもてはやされ、死とは一番程遠いところにいるはずの
麒麟が蓬莱(日本)ではその中心に否応なく置かれている。

慈悲の生き物が蓬莱にもたらしたのは「死」だった―――
そのあまりにも皮肉な運命にたまらない気持ちになりました。


高里の家族も悲惨です。
母親にとって「神隠し」から戻ってきた息子は
もはや別人だったのだろうし、弟なんて完全にとばっちりですからね…。




■広瀬について



私はこの作品、確か「図南の翼」の後に読んだような気がします。
泰麒編に関して言うと、「風の海 迷宮の岸」を読んだ後、
「黄昏の岸 暁の天」を読む前ですね。

だから「魔性の子」を読み始めた時、当然泰麒である高里を気にかけて
読んでいたのですが、いつの間にか広瀬に感情移入している自分に
気づきました。

自らを「故国喪失者」と呼び、自分の居るべき世界はここではないと
居場所を探し続けている青年。
初めて同胞と呼べる存在、高里と出会い、さらに厭世的になっていく
広瀬を痛いと感じずにいられませんでしたが、
その一方で彼に共鳴を受けたのも事実でした。

帰りたい。けれども自分と重ね合わせて見ていた高里のほうだけが
帰ることのできるその現実。

嫉妬。喪失感。裏切りへの怒り。そして汚い自分自身への絶望。
すべてに打ちのめされ一気に溢れ出したあの感情こそが
実は人間である証しであり、誰もが持ち得るものです。
それをさらけ出した彼に共感こそすれ、醜いとはとても思えない。

十二国記シリーズでの泰麒は主人公の一人ですが、
「魔性の子」は広瀬抜きで語れない物語であることは疑いようもありません。
高里=泰麒の十二国への帰還よりも何よりも、
広瀬の最後の絶望がこの物語のすべてと言っていいでしょう。

広瀬の慟哭は、ファンタジーなどフィクションを楽しみ
こんな世界に行ってみたいと願う読者のものでもあります。
ファンタジーである十二国記を発表する前に、
読者にこれほどまでに現実を突きつけてくれる作品を書いた小野さんには
脱帽するしかありません。



気になるのは広瀬のその後。

高里に関わったことですべてをなくしてしまった広瀬ですが、
ずっと帰るべき世界を夢見て生きていた彼は
その支えを失って初めて本当の意味で自分と向き合うことが
できると思うのです。

高里に置いて行かれると分かるあの瞬間まで
自分自身の醜い感情を認めることができず、
高里に「お前が王だと思う」となぜ言えないのか分からなかった広瀬。

しかし最後には、自分の中にも汚い部分があること、
永遠に分かり合えないと思っていた他人と自分が実は全く同じ存在で
あることを思い知るわけです。

確かに甘い夢は消え去った。
けれどもそれこそが現実を見つめ直すきっかけになると
言えないでしょうか。

すぐに気持ちを切り替え前向きに、というのは無理かもしれない。
それでも、時間が経ち、後藤先生の言葉や
高里が最後に残してくれた言葉を思い出した時。
事実に向き合い、現実と何とか折り合いをつけて生きていくと願っています。

あの後しばらくしてからロライマ山に行ったのかもしれませんね。
高里を吹っ切るため、
何より自分自身に決着をつけるために。



ここでちょっと萌え話を。
(マジメな語りをブチ壊してどうするよ自分…(;´Д`) )

P144で後藤先生が広瀬に「よう、美男子、生きてたか」と
謎の発言。

……広瀬って美男子なのか……?

これって教室での騒ぎを止めようとした広瀬に対しての
皮肉交じりの軽口なのかもしれませんが、
広瀬も何気に否定していないんですよね。

そんなわけで私の中では「広瀬は美形」です。
ええ、それはもう。

………ほんとにスミマセン。  




広瀬語りが妙に長くなってしまった……。
葛藤している人が好きなんですね、私。

泰麒は帰還してからが大変ですね。
高里がどれほどの苦境に立たされているか、
広瀬が知ることができればなぁ……。


この「魔性の子」の後に「黄昏の岸 暁の天」を読み、もう一度
この作品を読み返すと、また新たな発見と物語の巧みさに驚きます。
繰り返しますが、十二国記の前にこの作品を出したことに
感嘆のため息が出るばかりです。


■関連記事




■トラックバック


[エンタメ]十二国記・魔性の子 | 13:40:00 | コメント(4) | ▲TOP
何回か観ているのですが、blogでは初めて触れますね。
宇宙のゴミ「スペースデブリ」を回収する仕事をしている主人公
ハチマキや新人のタナベを中心に、デブリ課の奮闘を描いたSFアニメです。
BSですでに放送されているのですが、私はNHK教育が初めてです。

前回の「彼女の場合」も良かったのですが、
今回も、いやそれ以上の出来でした。

宇宙に一人取り残され救出されたハチマキ。
放射能の影響は運良く免れたものの「空間喪失症」という精神的な病に
かかってしまう。

それからは自分自身との戦い。
もう一人の自分が現れ、ハチマキの弱い心を突き、
本心を暴こうとする。

この辺り、ペルソナを思い出しました。人は誰でも色々な仮面を
持っているというテーマはプラネテスにもあるのですね。

夢を捨て、地球(おか)で暮らす選択を見せつけるもう一人の自分。
タナベとの、地味ではあっても安定した生活の映像。
夢か、現実か。ハチマキの迷いが表れたシーンでした。

ここでは「蝕」直前のグリフィス(ベルセルク)を思い出した自分。
ってそればっかでゴメンナサイ。

あがくハチマキはギガルト先生や仲間のおかげで迷いから覚める。
感極まったタナベはハチマキに抱きつくも、彼は喜び照れるどころか
挑戦するような表情。
もう一人の自分=夢への迷いに「買ってやるよ、…その喧嘩」と呟く。

ハチマキにとってタナベちゃんは夢への障害ということなんでしょうか。
この二人は好きなので今後どうなるのか不安も出てきましたね~。
今までは観逃した回もちらほらあったのですが、
これからは見過ごさないようにしないと。
[エンタメ]アニメ・漫画 | 12:50:54 | コメント(0) | ▲TOP
「切ない」の一言に尽きます。

清秀の最期の言葉、
「……おれ、死ぬの、やだな……鈴が…泣くから……」に涙。
死ぬのが怖いと泣いていた清秀が最期に思ったのは
鈴だったんですよね……。
死への恐怖ももちろんあったと思います。
けれども喧嘩しつつも姉弟のようだった鈴への想いのほうが
勝っていたのでしょうね。

このシーンは原作でも泣けてしまったのですが、
アニメでは、清秀のか細い声と哀しい曲が相まって切なさも倍増。
あの曲がまたいいんですよね……。
バージョン違いならCDに入っているそうですが、
あの曲そのものは聴くことはできないそうです。
アニメの新シリーズが始まれば新しいサントラも出て
この曲も聴けるかもしれないのでしょうけれど……
小野さん、新刊早く出してくださいー。


その他の気になったシーン。
・くまさん登場! 知っていても大爆笑でした……。
・馬車での清秀と鈴のやりとり。やっぱりこの二人好きだなぁ。
 寄りかかる清秀に優しく頭をなでる鈴。
 この後二人に襲い掛かる事を思うとそれだけで泣けてきました。
・アニメじゃ間接的に浅野が清秀を殺したことに…。あ、あさの…。
・班渠の声が格好良い。切れ者な感じ。蒼猿や高里君とはとても思えない。
・昇紘の声も(ry なんであんなに渋いんだ……。
[エンタメ]十二国記・魔性の子 | 12:50:01 | コメント(0) | ▲TOP
Aパートがニナとロッテ、Bパートがテンマのエピソード
という構成だった今回。

まずAパート。
今回の件で支持率が急降下したであろうカール君。
だけど、以前の記事でも書いたように
カールがやったんじゃないと思うんだけどなぁ……。

カールと親しく、ヨハンやシューバルト氏にも近いロッテ。
彼女は情報収集能力も結構高く、それを目障りだと思ったヨハンが
やったことだと思うんですよね。

それともやっぱりカールがやったんだろうか。
ヨハンなら邪魔だと思う人間はそんな面倒なことをしないで
さくっと殺しそうな気もするし…。
ロッテをナンパしようとした男も、酔っ払っていたのにもかかわらず、
はっきりとカールの名前を言っていましたしね。

それでもその後のカールとロッテを考えると、ヨハンの仕業としか
思えないのです。
このエピソードの後も、カールは金で解決するような人間として
描かれませんからね。
いったいどっちなんだ、カール君……。

泣きじゃくるロッテを慰めるニナが素敵。
女の子の友情が良いです。


Bパートはテンマの射撃シーンから。
このシーンの構図は原作のほうが好きだったかも。
それでも格好良いのは相変わらず。
髪が伸びて思いつめた顔をしたテンマはOP時に近くなりましたね。
もっとやさぐれて小汚くなるのが楽しみです。

レンズ越しに振り向くヨハンは何もかも見通してそうで怖いけど、
こういうシーンは好きだったり。
図書館のシーンにも期待。

おじいさんの話とラストの鳥にじんわり。
「聖域」の森で殺人をしてはいけないと決意するテンマの
優しさがいいのです。
[MONSTER]アニメ他 | 12:50:00 | コメント(0) | ▲TOP
「ターミネーター2」がフジテレビでやっていましたね。
十年以上も前の作品ですが、あの頃でこのCG映像はやっぱりすごい。

1も2もしょっちゅう放送されますが、そのたびについつい観てしまうほど
「ターミネーター」は好きです。

ただし3は観ていません。
監督がジェームズ・キャメロンではないし、1、2とはコンセプトが違うと
思うので。
評価もあまりよくないようですしね。

一番好きなのは1です。
無敵の機械人間がどこまでも追ってくるという本能的な恐怖と
未来から来た戦士カイル(マイケル・ビーン)とヒロインサラ(リンダ・ハミルトン)の
ラブロマンスの描写が、B級映画ながらも素晴らしくて引き込まれてしまいます。
同じくキャメロン監督の「タイタニック」を観ると、
ルーツは「ターミネーター1」にあるんだなあと実感。

2では、恐怖の要素は減ったものの、新型T-1000(ロバート・パトリック)との戦いや、
人類の救世主となるジョン(エドワード・ファーロング)と
ターミネーター(アーノルド・シュワルツェネッガー)の触れ合いが
1とは違ったおもしろさを生み出しています。

敵としてはどんなに恐ろしいターミネーターも、
味方になれば頼もしくどこかコミカルなキャラクターになるのが楽しい。
ジョンと接しターミネーターが「人間らしさ」を理解していくところも2の見所。
これによってラストシーンが胸に来るんですよね。

シュワちゃん演じるターミネーターやジョン、T-1000など
ぴったりのキャストもあって、
極上のエンターテイメントとして楽しめる映画です。
劇場未公開シーンのある特別編もおすすめ。


12月11日には「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」(TTT)も
放送するそうで楽しみ。
本当はSEEだともっと嬉しいんだけど。
いや、DVDは持ってるからいいんだけど、ビデオにも録りたいので(笑)
予告にもファラミア出してくださいよ、フジテレビ……。
[エンタメ]映画・ドラマ | 23:42:00 | コメント(5) | ▲TOP
小野 不由美

アニメにもなった「十二国記」の外伝にしてシリーズすべての
原点でもあるのがこの「魔性の子」です。

十二国記シリーズを発表する前に書かれたこの作品は
十二国記「黄昏の岸 暁の天(そら)」の裏に位置する物語であり、
「黄昏~」には「魔性の子」の続きのエピソードが描かれています。

ファンタジー小説である十二国記の外伝といえどもホラー色の濃い本作。
ホラーに弱い方なら、十二国記シリーズを先に読むほうが
いいかもしれません。
逆に怖さを堪能したいのなら、最初に読むといいでしょう。
十二国記シリーズは魔性の子を含めて刊行順(↓下にあります)に
読むのが正しい読み方と言えるでしょうし。

たとえ十二国記のほうを先に読んだか
アニメで事のからくりを知ってしまったとしても、
少なくとも「黄昏の岸 暁の天」までには読むのがいいのではないかと
個人的に思っています。

「魔性の子」 あらすじ:
子供の頃に臨死体験という不思議な経験をし、
周囲との疎外感を感じていた教育実習生の広瀬は、
幼少の頃「神隠し」に遭ったという静かでおとなしい生徒、高里に
出会い、いつしか共感を抱くようになる。
しかし高里には不穏な噂が常に付きまとっていた。
彼に危害を加えると「祟られる」と生徒から恐れられているのだ。
ふとしたことから「祟り」はエスカレートしていき、次第に凄惨な事件へ。
孤立し、迫害を受ける高里を広瀬は必死に守ろうとするが……。

十二国記 刊行順リスト:
「魔性の子」 新潮文庫
「月の影 影の海」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫
「風の海 迷宮の岸」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫
「東の海神 西の滄海」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫
「風の万里 黎明の空」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫
「図南の翼」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫
「黄昏の岸 暁の天」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫
「華胥の幽夢」 講談社ホワイトハートX文庫・講談社文庫

※「魔性の子」だけは新潮社から出ています。
講談社からは、山田章博画の表紙絵&挿絵のあるホワイトハートと
イラストのない大人向けの講談社文庫がありますがお好みで。


■たぶんネタバレなしのおすすめ感想



十二国記を知らない人ならページをめくるのも恐ろしく、
知っている人なら切ない想いばかりに駆られるはず。
十二国記と変わらず、読みやすい文章でどんどん物語に
引き込まれます。

話が進むにつれ加速度的に追いつめられていく広瀬と高里。
二人を見事に対比させて人の醜さ、愚かさを徹底して描き、
最後に残るのは行き場のない哀しみ……。

この作品の主題は、じわじわと来るホラー描写でも
不思議な少年、高里の正体でもなく、
誰もが持っているありとあらゆる負の感情そのものです。

「魔性の子」にこれほど心動かされるのは、
十二国世界の滑稽さ、残酷さを現実世界(日本)側から描いたこと、
語り手広瀬の心情を、すべてをさらけ出す衝撃的なラストへ向かって
丁寧に描いたこと、そして最後の最後まで絶望感が漂う異色の作品
だからだと思います。

あのラストあってこその「魔性の子」なのでしょう。


■関連記事


[エンタメ]十二国記・魔性の子 | 00:16:00 | コメント(2) | ▲TOP
その2では先生の任務や登場人物たちとの関係の考察、
未来予想などをしてみたいと思います。
以下は5巻を含むネタバレです。





●騎士団での任務


現在一番不思議なことは騎士団で何をしているか、ですよね。
4巻の終わりにダンブルドアから特命を受け、5巻ではハリーに
スパイ活動のことを指摘されて先生もその通りだと言っています。

騎士団の当り障りのない情報だけをヴォルデモート側に流して
信用させ、デスイーターと振る舞いつつも実はヴォル側の情報を
ダンブルドア側に流している……そんな任務なんでしょうか。
危険な任務といえども、閉心術を心得ているスネイプ先生なら
本心を隠すのもお手の物ですからね。

しかしここで引っ掛かるのは4巻のヴォルデモートの台詞。
「一人は永遠に私(←あえて変えます(笑))の下を去った……
もちろん、死あるのみ」

スネイプ先生のことだと思っていたのですが、
実はカルカロフのほうを指しているのでしょうか?

5巻下P505のアンブリッジの台詞から察すると
ルシウスは先生を今でも自分たちの仲間であると認識しているようです。
ヴォルデモートの台詞がスネイプ先生を指しているなら
ルシウスが先生を高く評価するということもないでしょうし、
スパイ活動なんてとてもできないでしょう。

それともヴォルデモートはすべてを知ったうえで
スネイプ先生を泳がせているだけということなのでしょうか。
先生、1巻でヴォルが憑いているクィレルを堂々と脅していますし、
ないとは言い切れないのが怖いところです。

どちらにしろ、スネイプ先生とルシウス、ヴォルデモートとの関係は
これからも要注目ですね。

そして先生とルシウスの関係と同じくらい気になるのが
ドラコとの関係。
先生はドラコをファーストネームで呼ぶなど
スリザリン生の中でも扱いが違いますよね。
他のスリザリン生を名前で呼んだことはなかったはず。

けれどもドラコって、
大した苦労も知らない金持ちのボンボンで
親の七光りだけでいつも取り巻きを連れて威張り歩く奴ですし、
ハリーと対立していることを除いては
スネイプ先生の大っ嫌いなタイプの人間だと思うんですよねえ。

やはりドラコへの態度もルシウスを警戒しているためと
思ったほうがいいような気がします。
自分がまだ闇側の人間であると暗に主張しているのでないかと。


●暴れ柳事件について


ホグワーツ時代、ジェームズたちを嗅ぎ回っていたらしいセブルス少年。
そんな彼を疎んじたシリウスが、彼に暴れ柳の通路の行き方を教えたのが
暴れ柳事件の発端です。
このことをシリウスから聞いたジェームズが、
人狼化したリーマス少年に遭う前に引き返すようセブルスを止めて
彼の命を救ったというのがこの事件でわかっていることですが……。

ジェームズはリーマスを人殺しにさせないために
やったことなのかもしれないし、セブルスを助けようという意図は
全くなかったのかもしれない。
けれども結果的に、命を救い、救われる関係になってしまった
この二人。

スネイプ先生は、ジェームズのこの行動を
退学やアズカバン行きになるのを恐れたからだと思っているようですが、
それでも「借り」だと思ったのは事実ですよね。
だからこそ1巻でハリーを守ってくれたわけで。

この事件、3巻のダンブルドアの言葉がちょうど当てはまるのですよね。
「魔法使いが魔法使いの命を救うとき、二人の間にある種の絆が生まれる……」
という台詞。
この魔法使いの絆というのは当然ジェームズとスネイプ先生にも
言えるのでしょう。

ただ、スネイプ先生がハリーを助けたのは、
借りは返さないと気がすまないという先生の元来の性格から
来たものなのか、はたまた絆の魔力のようなものでそういう思考に
なってしまうからなのかは不明ではありますが。

この暴れ柳事件についてもペンシーブ(憂いの篩)で
詳細を知りたいものです。


●スネイプ×リリー?


妄想話になりますが、5巻を読んでスネイプ先生がリリーさんに
恋していたというのもアリかも…などと思ってしまいました。

1巻でスネイプ先生がハリーの父親を憎んでいたと知って
「実はハリーの母親を好きだったんじゃないの~?」なんて
冗談半分に思ったんですが、5巻でセブルス少年をかばうリリーさんを
実際に見ると、その可能性もなきにしもあらずだなと。

口では「穢れた血」なんて言ってはいましたが、
プライドの高そうなセブルスさんのこと、かばわれるというのは
相当傷つくはず。
ついあんな言葉を使ってしまったというのもあり得るのでは?
ましてや好きな女の子だったとしたら尚更です。
好きだとはっきり自覚していなくても、少なくとも意識はしていたのでは
ないかと思っています。


●スネイプ先生と「闇の魔術に対する防衛術」


1巻の初授業での演説を見る限り、魔法薬学に誇りを持っていそうな
スネイプ先生ですが、なぜか毎年「闇の魔術に対する防衛術」(DADA)
を希望してはダンブルドアに却下され続けているとのこと。

ローリングさんのインタビューによると
スネイプ先生がDADA教師になれないのは、
先生をDADA担当にすれば彼の最悪のものを引き出してしまうかも
しれないとダンブルドアがそう考えたからだそうです。

「闇の魔術に対する防衛術」は防衛術といっても闇の魔術そのものにも
深く関わる教科でしょうし、元デスイーターのスネイプ先生では
闇の魔術、ひいては闇側に取り込まれる危険がある、
ということなんでしょうか。

それでも、6巻は無理として7巻でついに夢叶ってDADA教師に……
なんてこともあるのではないかと想像しています。
何しろこれからも誰かが死ぬとローリングさんが自ら言っていますし、
ダンブルドアが死ぬ可能性だってあるわけですよね。

もし校長が変わるとなれば、スネイプ先生のDADA就任も
現実味を帯びたものになるのではないでしょうか。

それにしても先生とダンブルドアの関係も謎ですよね。

ダンブルドアはなぜあそこまでスネイプ先生を信用しているのか。
スネイプ先生もデスイーターであったにもかかわらず
なぜダンブルドアの陣営に加わったのか。

もしかして、この二人の間にも魔法使いの絆があるのかもしれませんね。
ダンブルドアは先生との関係に関して言及を避けていますが、
6~7巻で明かされることに期待しています。


●スネイプ先生の今後


先程死ぬ可能性と書きましたが、
私はスネイプ先生が壮絶な死を遂げそうな気がしてなりません。

すみませんすみません。
ファンとして不謹慎で恐縮なんですが、
7巻辺りでハリーをかばって死ぬ……ベタで陳腐でありがちですが
上で書いた魔法使いの絆がずっと続くものであるのなら
そんな展開もありそうだなと。
そんなことになったら先生もハリーも不本意でしょうけれどね。

そもそも5巻の「彼」の死があっけないものだったのは、
6、7巻で誰かが誰かをかばって死ぬ、なんて劇的エピソードが
あるからなのかもと穿って見てしまったり。

本当はもう誰も死んでほしくないけれど、
「ヴォルデモートが以前よりさらに偉大に、より恐ろしくなる」と
予言されている以上、避けては通れない道なんでしょうね……。

スネイプ先生について語ってみましたが、
考察していけばいくほど先生の謎が深まるばかりで、
早くも6巻が楽しみでしょうがないです。
スネイプ先生には最後まで目が離せませんね。
あんな予想しておいてなんですが、スネイプ先生死なないでください!


関連記事:
スネイプ先生ってどんなひと? その1
[ハリー・ポッター]原作 | 23:06:00 | コメント(7) | ▲TOP
5巻を読んでますます好きになったスネイプ先生。
巻によって印象ががらりと変わる不思議なところのある人ですが、
本当はいったいどんな人なのか?
その1では先生その人について考察してみます。
以下は5巻までを含むネタバレです。





●スネイプ先生の基本的な特徴


【セブルス・スネイプ(Severus Snape)】

痩身で、鉤鼻、土気色の顔をしている。
冷たく黒い目、肩まで伸ばしているねっとりした黒髪、
真っ黒なローブなど、黒ずくめの姿が特徴。
5巻時点で30代半ば。ハリーの父親と同期。
追記:誕生日は1月9日。

魔法薬学の教授でスリザリンの寮監。
「闇の魔術に対する防衛術」の教鞭を取ることを希望しているが、
なぜか毎年ダンブルドアに却下されている。

ホグワーツ入学時には多くの闇の魔術を習得していた。
また、閉心術にも長けている数少ない人物。

死喰い人(デスイーター)だったが、
今は騎士団員としてダンブルドア側にいる。

個性的なキャラの多いハリポタの中でも
かなり異彩を放っている設定のスネイプ先生です。


●スネイプ先生の魅力


一番好きなキャラクターは?と訊かれれば「ルーピン先生」と
答える私ですが、3巻まではスネイプ先生が一番でした。
今でもスネイプ先生が好きなキャラクターであることに
変わりはありませんけれどね。

1巻、ハリポタをまだ「世界名作劇場」のような話だとばかり思っていた頃。
ピカピカの1年生相手に魔法薬がいかに素晴らしいかを
詩のように華麗に披露し、ほとんど場違いのように登場したスネイプ先生。
先生が出ているページだけ妙に漂う空気が違い、
そんな先生にキュンとときめいたのがはじまりでした。

「賢者の石」では、悪役?と思わせておいて、実はハリーの命を救おうと
していたこと、それも憎んでいたハリーの父親に借りを返すためにしたという
複雑な人となりを見せてくれて好きなキャラクターに。

その後はジェームズに借りを返してスッキリしたように
ハリーを思う存分いびる先生ですが、決闘クラブで
ロックハート先生を吹っ飛ばしたりと格好良いシーンもありました。

が、3巻では寡黙で知的な人というイメージが崩れてしまうことに。
理性をなくし罵声を浴びせるなど今までの先生像からは信じられない
姿でした。
これも5巻を読んだ今となっては納得のいくものだったのですが。

3巻で評価が最低になったスネイプ先生ですが、
4巻ではデスイーターだったことが分かり、
ファッジを前に堂々と闇の印を見せるなど
3巻での印象をひっくり返したことで多くの読者が驚いたはず。

5巻では、両親が不仲であまり幸せとは言えない子供の頃や
同情を禁じ得ないほどの出来事があった学生時代が明かされ、
ハリーと同様初めて彼を可哀相だと思った人も多いでしょう。

巻によって与える印象がまったく異なるところが
スネイプ先生にはありますね。

スネイプという人は子供の読者には不人気で、
その理由として、ルーピン先生の正体をバラしたり、
スリザリン寮への贔屓が激しくそれ以外には理不尽な減点をしたり、
ジェームズの息子だからという理由だけでハリーを目の敵にしたり
といった陰湿で子供じみた性格、行動が挙げられます。

また、先生を語るうえで切っても切り離せないもののひとつに
ジェームズへの憎しみの感情があります。
あのペンシーブでの事件がその根底にあるのでしょうけれど、
成績優秀でありクィディッチの名プレーヤーでもある
人気者のジェームズに嫉妬や嫌悪の感情を覚えたのも確かだと
思います。
コンプレックスの塊ですよね、スネイプ先生は。

そんな彼もハリーの視点に縛られずに読めば意外と奥深い人物であることが
わかります。

5巻で印象的なエピソードの一つに閉心術の個人授業があります。
魔法薬の授業はわりとあっさりした教え方なのに、
閉心術では「立て! 立つんだ!」とその後ろに
「ジョー!!」が続きそうなほどの熱血ぶり。
ダンブルドアの命令とはいえかなり真面目に指導してくれました。

その後ハリーがペンシーブを勝手に使用したことに激怒し、
閉心術を教えることをやめてしまう先生ですが、
それでもアンブリッジに偽の真実薬を何食わぬ顔でしれっと渡したり、
アンブリッジに捕まったハリーの心をちゃんと読み取って
ハリーが見えないところで色々と動き回ったりと
やるべきことはきっちりとやっていました。
その他、3巻ではルーピン先生にわざわざ脱狼薬を持ってきて
くれたこともありましたね。

こうして行動を追っていくと、スネイプ先生の良さ、すなわち真面目で冷静沈着、
律儀であるところもわかってきます。

なぜスネイプ先生に惹かれてしまうのか。

それは、謎めいた雰囲気を漂わせながら
激情的な部分と理知的な部分、相反するものを持ち合わせ
一筋縄ではいかない人物だからなのでしょう。

そして先生の最大の魅力は、彼を支えているものが常に
「憎悪」の感情であることだと私は思っています。
憎みながらももうこの世にはいないジェームズに借りを返すために
息子のハリーを助ける、そんな矛盾にも思える行為をしたところに
スネイプ先生の魅力が詰まっていると思うのです。


関連記事:
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憂いの篩「スネイプ先生を考える」
[ハリー・ポッター]原作 | 13:19:00 | コメント(10) | ▲TOP

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