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2006年02月の記事

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テンマ、ヨハンときたら次はもちろんニナですよ。
↓↓↓以下はストーリーのネタバレですので、ご注意ください。


【ニナ・フォルトナー/アンナ・リーベルト】


ヨハンの双子の妹。チェコ出身。幼少時代にヨハンが殺人を繰り返していたと知り兄を銃で撃つが、ショック状態となった彼女はやがてフォルトナー夫妻に引き取られることに。しかし二十歳の時にその育ての親もヨハンに殺され、兄の凶行を食い止めるべく大学を休学、追跡する。事件後は大学を無事卒業し、弁護士を目指して奮闘中。


並み居る個性的なキャラたちと比べると、やや印象が薄いように感じるニナ。
浦沢作品おなじみのかわいい容姿、聡明で合気道も得意と文武両道に秀でる彼女が、運命に翻弄されるも懸命に生きる姿はもちろん悪くはないのですが、その清らかさゆえに他の一癖も二癖もあるキャラたちの前にはどうしても霞んでしまうんですね。


もう一人の女性キャラであるエヴァはそれはもう欠点だらけですが、それがかえって人間味のある印象深いキャラになっているのに対して、ニナはそつがなく、これといった欠点がないのが逆に欠点となってしまっている気がします。


が、ひとたびテンマやヨハンと並ぶとぐんと光って見えてしまうのがニナの面白いところ。
ヨハンを殺そうとしながら、一方で自分の中の闇に怯え、最後にはテンマの苦しみとヨハンの孤独を理解するニナ。テンマ側の人間であると同時にヨハン側でもある立ち位置が彼女の良さなのでしょう。そもそもあの時ヨハンを撃たなければ、三人が出会うこともなかったわけで。
テンマとヨハン、二人を許すところがニナの一番の魅力であり、この物語において彼女の最大の存在意義だと思っています。


そのエピソード、ルーエンハイムでヨハンを許す場面について。
「世界中にあたし達二人だけになっても……あなたを許す……。それがあたしの……あなたへの……」
この台詞に続くのは多分、「償い」。
ニナはヨハンに許しを与えるという形をとりながら、一方で許しを求めてもいるわけです。


許すというのは、ヨハンの犯してきた罪を許すということ以上に、ヨハンの存在を受け容れるということです。絵本の『へいわのかみさま』に登場する神様と鏡に映った悪魔のような表裏一体の関係ではなく、お互い別の人間として認めあうこと。


ヨハンは記憶も怪物もすべて一人で背負ってくれていたのに、何も知ろうとせずに彼を殺そうとした自分。彼を受け容れず理解しようとしなかった自分。ニナはそれを悔いているのでしょう。あの「許す」という言葉にはそんな思いが込められているのだと思います。
ニナは言葉で、テンマは行動で。
怪物の連鎖を断ち切るには、「許す」以外にないのかもしれません。


ところで、天才ぶりはヨハンのほうばかりが強調されているけれど、彼女も充分すごいですよね。
三匹のカエルから車で連れ去られたのに、あの幼さ(6歳くらい?)でちゃんと道のりを覚えて三匹のカエルに一人で帰ることができたり、長く大学を休んでいたのに優秀な成績で卒業できたり。将来は間違いなく売れっ子弁護士として活躍しそうです。


美人で頭脳明晰、そのうえ合気道も強いとくればそれだけでも羨ましいくらいですが、テンマにもヨハンにも大事にされて、そういう意味でもものすごーくおいしいキャラですよね。ニナさん、勝ち組すぎ。


■ちょっと萌え語り


記憶を思い出すにつれてヒロインらしくないホラー顔をたびたび見せてくれるのでどうにも不安だったニナ。それでも最後は明るい笑顔を取り戻してくれてホッとしました。やっぱりニナは笑顔のときが一番かわいいです。なので上の絵も笑顔で。
ちなみに絵は事件後のニナ。だからちょっとだけ?大人っぽいです。(本当は原作のようなかわいいニナが描けなかっただけ……)


ニナ関連の好きなシーンもだいたい笑ってるものが多いです。
カールに振られたロッテを励ますシーンの「悪いことはそんなに続かない……続けさせちゃいけない。ね……」とか、図書館炎上後、ディーターに言った「おいしいもの食べると元気になる」とか。
上の「ね……」なんてこれで完全にロッテ落ちたなってくらいにかわいかった……。さすがの女装アンナさんもあののほほん笑顔は作れまい。


こうして考えるとニナもけっこう癒し系ですね。テンマの癒しパワーがすごいのでこれも霞んでしまいがちですが、彼女もいろんな人を癒してます。
ロッテもそうだし、アイシェ(トルコ人街焼き討ち事件)、ロッソさん(五杯目の砂糖)、リプスキーさん……それにテンマとヨハンももちろん中に入るかな。
だけど同じ癒し系でもテンマと違うのは、時々楳図顔になったり、ギーレンさんの首を絞めたりすること……。実は油断のならない女、それがニナ。


【追記】


ニナの場合、絵柄そのものは原作8~9巻の頃のニナがいちばん透明感が感じられて好きなんですが、アニメ18話「五杯目の砂糖」を観返していたらニナがかわいくてかわいくてしょーがなくなってしまった(笑) これはもうニナのための回。ロッソさんとの関係も含めて萌えます。そういえばロッソさんもニナは笑顔のほうがいいって言ってますね。


しっかし、ウェイトレスの住み込みのバイトを始めたとたん、あんなにお客さんを呼び込めるようになるって普通にすごいです。行列ができるほどって、ニナたんはどんだけかわいいのか。アニメ独自の、お皿運びの練習シーンなんて仕種がキュートでたまりません。
能登麻美子さんのやさしい声もニナの魅力に大きく貢献していますよね。癒される…。


あんな調子で、リプスキーさんだけじゃなく、ドイツとチェコの各地でいろんな人を釘付けにしてたんだろうなあと思うと、ある意味罪作りな子かも(笑) 本人はヨハンのことで頭がいっぱいで、周囲のことまで気が回らないだろうから余計にね。トルコ人街焼き討ち事件の時には娼婦のふりまでしているし、ヨハンと合わせてつくづく魔性の双子だと思います……。


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[MONSTER]原作・キャラ語り | 20:52:34 | コメント(2) | ▲TOP

その2ではヨハンについて書きたいと思います。
↓↓↓以下はストーリーのネタバレですので、ご注意ください。


【ヨハン・リーベルト】


並外れた頭脳と冷酷さで「怪物」と呼ばれる青年。人の闇に入り込んで洗脳する能力を持つ。ニナ(アンナ)の双子の兄。チェコ出身。ヨハンという名はヴォルフ将軍が絵本から付けたもので、本当の名前ではない。
リーベルト夫妻の殺害後アンナに撃たれるが、テンマによって命を救われる。


他の記事でも書きましたが、彼を一言で表すなら「恐ろしい仮面を被らざるを得なかったかわいそうな子供」です。
初めの頃はまったく感情がない怪物として描かれるヨハンですが、すべての記憶を思い出した最後の場面では、母親に捨てられ傷ついた子供としての姿だけが浮かび上がります。


中年夫婦連続殺人も、ヨハンにとっての怪物=フランツ・ボナパルタから逃れるために、双子の存在した痕跡を残さないようにしていたこと。ヨハンの犯した罪は大きいけれど、彼を怪物という言葉でくくるにはあまりにも悲しいものがあります。


ヨハンの悲劇は、天性と環境がそろってしまったことに尽きます。
まずは「優秀なるチェコスロバキア人創出計画」で生まれながらに比類ない能力を持ち、怪物になる素地がすでにできあがっていたこと。
それでも彼を取り巻く環境が平凡なものだったのなら、まだ留まれていたのかもしれない。けれども積み重なったたくさんの出来事が今のヨハンを生むことになったのでしょう。


名前を呼ばれていなかったこと。
母に選択されてしまったこと。それに加え、妹の姿をさせられていたために母に絶対的な不信を抱き、ひいては自分自身への存在否定につながってしまったこと。
三匹のカエルに一人残され、『なまえのないかいぶつ』などの絵本から多大な影響を受けてしまったこと。
アンナとは違い、ボナパルタに「怪物になんかなっちゃいけない」という歯止めの言葉をかけられなかったこと。
そして、他人より感受性が高いために、上記の出来事による傷がずっと深かったこと。


こうして心の闇に取り込まれてしまったヨハンですが、その深い傷から回避するひとつの方法が、アンナとの一体化だったのではないでしょうか。


リーベルト夫妻を殺害した夜、アンナに「僕を撃てよ」と静かに言い、「大丈夫……僕が死んでも……君は僕で……僕は君」とつぶやいたヨハン。
後者の台詞は絵本の『へいわのかみさま』に登場した一節ですが、この言葉のとおり、人を殺し続けていたことがアンナにわかれば彼女がどんな反応を示すのかヨハンには手に取るように想像できていたはずです。つまり「君は僕で、僕は君」というのはヨハンにとっての自己防衛なのではないかと思うのです。


母に選択されたことによる存在理由の消失が一番のトラウマであるヨハンには、妹のアンナに自分を否定されるのも耐えがたいこと。わざと自分から撃たせるようなことをしたのも、妹と自分は一体であり、妹に拒絶されたのではないと思い込むほうが都合が良いからです。ヨハンはそうすることによって自己否定に陥らないようにしていたのでしょう。


「僕を撃てよ」も「君は僕で、僕は君」も、その言葉の裏に「僕を認めて。僕の存在を受け容れて」というヨハンの叫びが聞こえてきそうです。


また、廃墟で再会したニナから真実を聞かされたヨハンが「夢からさめた」ようになったのも、本当はアンナと同一の存在などではなく、それがただの逃避でしかないと知ってしまったから。
母に捨てられたこともアンナに撃たれたことも、「君は僕で、僕は君」という言葉に押しとどめることでかろうじて精神の均衡を保っていたのに、それが脆くも崩れてしまったからです。


最後の「いらなかったのは、どっち……?」という台詞も、アンナとは一体ではないと気づいたからこそ口にできた問いなのでしょう。アンナと同一化した最大の理由は、この疑問から目を背けるためだったのだから。
とても哀しい台詞だけれど、見方を変えれば、ヨハンはこれで本当の自分に向き合うことができたとも思うのです。今までの彼はアンナという存在に逃げることしかできなかったけれど、テンマに本心を明かしたことで、ようやく自分自身を見つめられるようになるのではないでしょうか。


某ブログさんの記事を読んで気づかされたこと。
最後ヨハンの姿が消えたベッドをよく見ると、布団がドア側にめくれているんですよね。窓から飛び降り自殺したという説もあるけれど、それなら窓側に降りるだろうから布団のめくれ方も窓側になるはず。
読者(視聴者)の数だけ解釈が分かれているヨハンのその後ですが、少なくともあの後すぐに窓から飛び降りたわけではなく、ドアのほうに歩いていったと思うほうが自然でしょうね。


希望的観測になりますが、ニナに許されテンマに許されたヨハンなら、そして本当の名前を知ることができたのなら、自分のこともお母さんのことも受け容れていけるのではないかと思います。
自殺も殺人もすることなく、穏やかに生きていけると。私はそう信じたい。


■ちょっと萌え語り


テンマの変貌は作者がおそらく意図的にやったものであるのに対して、絵柄の変化以上に、原作の巻によって顔がバラバラなのがヨハン。
顔の造形ではルーエンハイム~ラストの病室でのヨハンが一番好きですが、萌えるシーンを挙げるならやっぱりミュンヘンの図書館。ここは絶対アニメより漫画のほうが良いです。ライフルを構えるテンマに、スコープ越しに冷たい笑みを浮かべるヨハンの表情が、やたらと色っぺーなんですよ……。まったくなにあれ。人を萌え殺すつもりですか。とにかくあの上目遣いには参りました……。


ヨハンの萌えポイントで外せないのが女装です。
真面目に考えれば女装はヨハンのトラウマに大きく関わっているから、チェコでは自分探しのためにしていただけであって、一種の性的嗜好とは違うのかもしれません。アンナと同一化しているという表れでもありますしね。
…なんですが、この女装でヨハンの中性的な魅力がさらに引き出されているのも確かであって。
て~か、女装アンナさん、超美人! 超キレイ! ニナよりよっぽど美しく描かれているってどーゆーことですか!


女装バレの鏡のシーンも、アニメより漫画のほうが好きです。
初見の時はあの満面の笑みのでっかいアップにビビりましたが、ヨハンが女装していた…!という事実にニヤニヤしはじめ、今ではあの顔のあまりの美しさにドキドキする始末。水が滴り落ちていて、これもまた最高に色っぺーでした……。アニメは顔をタオルで拭いてしまったからエロさ半減でしょぼんでしたよ…。


ヨハンを考察していて思ったのは、彼のことを考えていくたびにどんどん愛しくなるということ。
モンスターと呼ばれても中身は子供だし、それでいて外見はあんなだし、毒殺になぜかキャンディ、ボンボンと甘いのばっかり使うし、壁のメッセージも子供っぽくてはっちゃけた字だし、女装も誰も気づかないほど堂々とナチュラルにしてくれちゃうし、女装バレ&最後のシーンで平然とドッキリ☆かましてくれるし……本当に考えていけば考えていくほどかわいく思える不思議なキャラです。あー愛しい。


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(↓アニメ感想ですが、ヨハンの行動・台詞について考察しています)

[MONSTER]原作・キャラ語り | 20:52:40 | コメント(14) | ▲TOP

ずっとやってみたかったキャラクター語り。アニメ感想で書き散らしたことと重なるところもありますが、まとめの意味合いもあるということで。逆に考えが変わったものもあったりします。


↓↓↓以下はストーリーのネタバレですので、ご注意ください。


【天馬 賢三/ケンゾー・テンマ】


主人公。誰もが認める天才脳外科医。神奈川県横浜市出身、1958年1月2日生まれ(『ANOTHER MONSTER』より)。
無実の罪を着せられながらも怪物を生き返らせてしまったことに苦悩し、ヨハンを追う。事件後は「国境なき医師団」(MSF)に参加。


MONSTERで一番好きなキャラクターです。知的で温厚、天才脳外科医として名を馳せても決しておごることのない真面目な人となり。他人を否定せず、傷ついた人々を癒していく大きな包容力。
暗く重い物語にあって、テンマというキャラクター自体が一筋の光のような存在なのではないでしょうか。


そんなテンマの良さを味わえるのが、時折挿入される人情話。
これらのエピソードは一見、物語の本筋から脱線しているようにも見えますが、誠実で温かいテンマの人柄をじっくり描いていったからこそ、彼の最後の行動も心から納得できるのでしょう。
そしてその丁寧な描写があればこそ、最後の決断に至るまでの葛藤がより深いものになっているのだと思います。


テンマがヨハンの殺害を決意したのは罪の意識から。
医者として正しくあるためにした行為が、怪物をよみがえらせるという結果を生んでしまったこと。
憎しみを吐き出しただけの何気ない言葉が、その怪物に殺人を犯させてしまったこと。
それらがヨハン殺害へと彼を駆り立たせるのでしょう。


けれどもそれは、ヨハンを執刀するきっかけともなった「人の命は平等」という信念と矛盾してしまうことでもあります。
殺さなければならない。だけど殺したくない。
そんな苦悩を抱きながら、それでも人を助けることを選んだ彼が私は大好きです。


その選択について。
物語の終盤、ルーエンハイムで思いも寄らない人物からヨハンが撃たれた後、ずっと座り込んでいたテンマ。彼の脳裏には様々な思いがよぎっていたのでしょうね。
それでもヨハンを救う決意をしたのは、結局最後の最後で撃てなかったことと、ニナに「あなたは間違っていない」と許されたからですが、何よりも命の平等を貫くためでしょう。


私はさらにもうひとつ「終わりの風景」も理由に挙げられるのではないかと思っています。
「終わりの風景」でヨハンの孤独・絶望を共有したことで、テンマは初めて本当の意味でヨハンを理解したのではないでしょうか。彼が怪物などではなく、ただの人間でしかないということを。
ラストの病室でヨハンを人間として接しているのも、その証しだと思うのです。
(終わりの風景に関する考察はアニメ感想にあります)


ところでファンの間では意見が分かれていることといえば、本当にカンニングしていたのか否か。
私はカンニングしていた派です。
テンマの性格を考えたら不正を働くなんてしそうにないけれど、そもそもギーレンさんのカンニングを見ることができたのも彼の答案を盗み見しようとしていたからではないのかなと。あの距離じゃ本当に答えを見ることができたのかは不明ですけどね。
ただギーレンさんのほうはテンマが本当にカンニングをしていたのではなく、軽蔑されていたと思い込んでいた自分を傷つけないための方便だと思っていそうな気もしますが。


【追記】


なぜテンマはヨハンの命を狙うのか。
上記で「テンマがヨハンの殺害を決意したのは罪の意識から」と書きましたが、今は単にそれだけではないような気がしています。テンマとニナ語りで書いたようにニナへの思いなどももちろんあるのでしょうが、それはきっかけに過ぎないだけ。彼を駆り立てる一番の理由はもっと別のところにあると思います。


「あんな奴、死んだほうがマシだ!!」
この言葉を聞いていたヨハンは、親に恩返しをするかのようにそれを実行しました。ハイネマン院長らの死は、テンマの憎悪がもたらしたものです。その事実を知った時、テンマには、己の愚かさ、醜さがヨハンの中に映って見えたのではないでしょうか。アンナと同じように、ヨハンがまるで鏡に映った悪魔であるかのように見えたと思うのです。


テンマにとって、ヨハンは己の弱さを突きつける負の存在であり、消してしまいたい影のようなもの。自分の弱さを許せず、直視できなかった彼は、ヨハンを殺害する以外にもう何も考えられなかったのでしょう。


そのヨハンの命をもう一度救うことで、ようやく自分の弱さ、愚かさを受け容れられるようになる――。
それが『MONSTER』におけるテンマの物語なのだと思います。


■ちょっと萌え語り


えへ、真面目語りの後は不真面目な萌え語りです。


初期と後期の変貌が激しいのがテンマ。初期(と最後)の柔らかい雰囲気も良いですが、だんだん身なりや表情が荒んでいけばいくほど、男の色気が醸し出されていくのがたまりません。ぶっちゃけエロいです。萌えます。
で、どんどん精悍になるのに「撃たなきゃ!!」とか「本当にごめんね」とかときどきやけにかわいい言葉遣いになるそのギャップも○。
「格好良い」と「かわいい」、二つの形容が同居しているのがテンマの素敵なところです。


かわいいといえば、時折見せる無防備な表情がまたすごいです。眉間にしわをよせて硬い表情をしていても、何かの拍子にふと現れる素顔がとんでもなくかわいいのですよこれが。
たとえば原作7巻、ライヒワイン先生に「あんた見てるとリヒァルトを思い出すよ」と言われた時の一瞬の表情とか、チェコでのグリマーさんとのお別れの場面で「またどこかで!」とピクニックの約束をした時とか、もうそれなんて犬?ってくらいのかわいさ。むしろかわゆさ。


さらにテンマといえば料理です。作中、肉じゃがやら親子丼やら手料理を披露してくれるたびに登場人物たちの信頼を得、読者(視聴者)の心をもわしづかみ。
これに萌えずに何に萌えろというのでしょう。
やさしくて意志が強いうえに何でもこなせちゃうテンマ先生にメロメロです。


……って記事の最初と最後で文章の温度差が激しくなってもうた……。いやいや、それだけ彼の魅力がすごいってことです。

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