再びテンマヨハンニナ語りです。前の記事は基本的に単体のキャラ語りだったので、今回は三人の関係に焦点を絞って語ってみようかなと。
何しろ去年の暮れに放送したアニモン総集編のエンドロールで、テンマ、ヨハン、ニナの三人だけが登場順の他のキャストとは別格扱いだったのに萌えたくらい、この人たちの関係が好きなんですよ。
↓↓↓以下はストーリーのネタバレです。また、記事の内容上いつにも増して妄想全開なので、ご注意ください……。
↓長くなってしまったのでページ内リンクを付けてみました。
▼テンマとヨハン
▼ヨハンとニナ
▼テンマとニナ
【テンマとヨハン】
まずは話の軸でもある二人の関係から。
傷ついた人々を癒し助けていくテンマと、人の心にある闇をすくい取って死へと追いやるヨハン。生と死、対照的な二人をつなぐのは、「人の命は平等」という言葉。
単行本1巻、まだヨハンと再会していない頃、テンマは患者のユンケルスさんにこんなことを言っています。
「僕も以前はそうだった……。(中略)手術を成功させるのは、地位をかためる手段だ…ってね。でもある男の子の手術がきっかけで、僕は変わったんだ。(中略)頭部を銃撃されたその子を助けることで、僕は医者の本分に立ち返ることができたんだ。人の命の重さはみんな一緒だ。医者はその命を助けるのが仕事だ…ってね」
奇しくもテンマに命の平等を教えてくれたのがヨハンだったわけです。
ミュンヘンの大学図書館、ルーエンハイムと、ヨハンを前にしながらどうしても引き金を引けなかったのも、殺人というタブーを犯すことへの恐怖以上に、このことがいつも頭にあったから。自己の信念を象徴する存在であり、ずっと心の拠り所だった少年を殺したくないという思いが、怪物を生き返らせてしまったという罪悪感をも上回るのだと思います。
だからルーエンハイムでヨハンが銃弾に倒れた時、望んでいた状況のはずなのにテンマの心はぽっかり穴が開いたような状態だったのではないでしょうか。
再度ヨハンの執刀を決意したのは、ニナに許したいと言われただけではなく、テンマ自身が許したいと思った結果だったらいいなあなんて思っています。
一方、テンマを親みたいなものだと言ったヨハン。
再会して自分のことをテンマが覚えていてくれたと知った時、実は嬉しかったんじゃないかと思います。それは、存在しない人間になるために養父母だった人たちを次々と殺していくこととひどく矛盾しているけれど、一方でヨハンが親の存在を強く求めていたという何よりの証しでしょう。
『ANOTHER MONSTER』では、テンマが憎んでいようが愛していようが、ヨハンを覚えていること、追いかけてきてくれることがヨハンにとって大切だったという一文があります。
テンマの目の前でユンケルスさんを“処刑”したのも偶然なのではなく、テンマが自分を追うように仕向けるためだったのかもしれません。
ヨハンが心を許すのは唯一妹だけ。単行本2巻、ミュンヘンに住む盲目の老人はそう言っていたけれど、多分それは兄妹が廃墟で再会するまでのこと。そこでニナと自分は同一の存在ではないと知ってしまったヨハンにとって、テンマに終わりの風景を見せることだけが残された道だったのだと思います。
フランツ・ボナパルタへの復讐は母の代わりに母の意志でやったことであって、ヨハンが執着するのはあくまでテンマだけ。だからニナに許すと言われても、「もう後戻りはできなかった」し、「Dr.テンマは僕を撃つんだ」とヴィムに銃を突きつけてテンマに運命を委ねることしかできなかった。
このシーンのヨハンは、リーベルト夫妻を殺害した時にアンナに言った「僕を撃てよ」とまったく同じことをテンマにしているわけですが、こんなやり方でしか愛情を測れないのがヨハンの哀しさなのでしょう。
それにしても最後の病室でのテンマとヨハンの関係はそれまでのものと180度変わりますよね。特にテンマはヨハンにかける言葉が穏やかでやさしく、帰り際に振り返った時の表情は、ルーエンハイムで対峙した時のそれとはまるで違う。ヨハンも本来なら母親にこそ問うべき言葉をテンマに投げかけていて。
親子のようで親子でない、そんな微妙で曖昧な関係の二人が好きです。
余談ですが、アニメのオープニングでの、銃を構えるテンマを映しだすヨハンの青い瞳という構図(*)がすごく好きです。ルーエンハイムで対峙する二人をこんなふうに描くセンスに脱帽。ヨハンはどんな思いで自分に銃口を向けるテンマを見ていたんだろうとか色々と考えてしまいます。
【ヨハンとニナ】
この双子に対する一番の疑問は、なぜ記憶が入れ替わってしまったかでしょう。
なぜ赤いバラの屋敷から帰ってきたニナが体験したことを話しただけで記憶を忘れ、なぜヨハンは自分が屋敷に連れて行かれたのだと思い込んでしまったのか。
これを知るには、この時の二人がどんな心境でどんな感情を抱いていたかを考える必要があります。
まずはニナ。
母に直に捨てられる形で屋敷に連れ去られたこと、屋敷の真っ暗な部屋に長い間閉じ込められたこと、たくさんの人間が毒殺されるのを目の前で見てしまったこと……。
幼い彼女にとってはどの記憶も忘れてしまいたいことだったはずです。一人で抱え込むには怖くて苦しい大きな記憶。それを分身ともいえるヨハンに少しずつ話して記憶を共有することで、自分一人だけの苦しみを解放していったのでしょう。
一方、屋敷から帰ってきたニナに「ごめんね」と謝り、泣いていたというヨハン。
追手から逃れるために、双子と思われないようニナと同じ姿をさせられていた彼は、選択の時に母が自分と妹を間違えたのではないかとずっと思い込んでいました。バラの屋敷に連れ去られるべきは妹なのではなく、自分のほうであると。そんな引け目が「ごめんね」という言葉に表れているのだと思います。
さらにヨハンはニナに対して様々な感情を抱いたはずです。
罪悪感の他、怖い目に遭って可哀相だという同情、本当は自分のほうが捨てられたのだという思いから来る嫉妬、それに対する自己嫌悪、できることなら妹と替わってあげたいという優しさゆえの思いと、母に疑念を抱くことのない妹の立場に成り代わりたいという強い願望。
双子の記憶の入れ替わりは、自分の身に起きたことを認めたくない、相手の立場に成り代わりたいという双方の望みから生まれた利害一致の結果であり、その思いがお互いの同一化(君は僕で、僕は君)を生んだのだと思います。
(アンナも“ニナ・フォルトナー”となるまでは、ヨハンを分身のように思っていたはず。だからこそリーベルト夫妻を殺害したヨハンが鏡に映った悪魔のように見えたのでしょう)
ゆえにその意味では、ニナがヨハンに救われていたのと同じように、ヨハンもニナがいたことで救われていたのではないでしょうか。それぞれが体験したつらい記憶を相手のものとすることでトラウマを回避していたと。
その後に二人が辿った道がまったく正反対なものになってしまったのは皮肉としか言い様がないのですが、エンド後の双子には新たな関係を築いていってほしいなと思います。
【テンマとニナ】
テンマがヨハン殺害を決意するのに少なからず関わっているのがニナの存在。
ヨハンと再会し怪物を生き返らせてしまったことにショックを受けるテンマですが、その後すぐにヨハンを捜し出して殺そうとはしていません。
中年夫婦殺人事件の現場となった場所を訪ね、ヨハンの過去を調べても、
「私は何をしているんだ………。こんな調査まがいのことをしてなんになる……。それ(ヨハンの正体)を知ってなんになる……。あいつは大量殺人を繰り返す双子の兄だ……。ただそれだけだ……」
と思うだけ。何もかも捨て去ってまでヨハンを追おうとする意思はまだ見せていませんでした。
そんなテンマの心が変わったのは、ニナと出会い、彼女がもう一度ヨハンを殺すために姿を消したことから。
マウラーさんとフォルトナー夫妻が殺されるのを止められず、幼少ヨハンが頭部を撃たれたのは、殺人を繰り返していた兄を殺すためにニナがしたことだったと知るテンマ。姿を消したニナが残したメモから、彼女が再びヨハンを撃つ覚悟でいることを悟ります。
あの時、ヨハンは妹に殺されるはずだった。後にヨハンに殺された人々も死なずに済むはずだった。今の事態を生んでしまったのはこの自分。責任を取るべきはニナではなく、私のほうだ―――。
きっとテンマはこんなふうに思ったはず。
彼はフランクフルトのトルコ人街焼き討ち事件やミュンヘンの大学図書館でニナに会うたびに「君は撃つな!」と彼女を止めますが、それも全部こうした思いゆえのことでしょうね。
ニナの手を汚してはならない。
テンマにとってヨハン追跡の旅はこんな意味もあるのだと思います。
また、ニナが真実を知って自殺をほのめかした時も、彼女の存在に端を発した旅だから、「君が死んだら……私はどこへ行けばいい……」と弱い部分をさらけ出すことができたのかもしれません。
テンマの苦悩と葛藤を知るニナは、孤独な旅を続けるテンマにとって失いたくない大切な存在だったのです。
この二人の関係で思うのは、ニナがテンマにかける言葉の変化。
フォルトナー夫妻が殺され、「あなたがお兄ちゃんを助けなければ、パパとママは殺されずにすんだのよ!!」と最初はテンマを罵倒したニナ。
けれども姿を消した時のメモには「Dr.テンマ、あなたは悪くない。あなたは医者としての仕事を全うしただけです」とテンマをいたわり、自責の念すらも感じさせる言葉に。
テンマと同様、ニナも彼と会うたびに「あなたは撃っちゃいけない!」と口にしますが、テンマをこんな形で巻き込んでしまったことに対する後悔がそう言わせるのでしょう。
そんな彼女も、物語の最後では「テンマ……あなたは間違っていない……。あの時も……これからすることも……」とヨハンを助ける行為そのものを肯定するようになります。それは、ヨハンとテンマ、二人を許すということ。
ヨハンとテンマ、どちらの側にも立てたニナだから言うことができた言葉なのだと思います。
こうして思うのは、三人の奇妙で不思議な絆。
ヨハンに命の重さを伝え、ニナの心を救うテンマ。
テンマとヨハンのすべてを許し受け容れたニナ。
そして、テンマとニナの心を鏡のように映し出して自己を見つめさせるヨハン。
生も死も見つめ続けた三人だから、精神的に深いところでつながっている……そんな三人の関係が大好きです。
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夕焼けのなか「ここからそれぞれの家から夕餉の匂いがするだろ?それがぼくのあこがれなんだ...」とカール
が言った言葉にヨハンがそっと振り返って涙を流しながら手を差しのべました。
ヨハンの涙のわけは自分の忘れていた感情や自分の心の奥底に眠っていたものが蘇ったからなのですか?
ヨハンの涙の件ですが、個人的には演技だと思っています。
あの時のヨハンは『なまえのないかいぶつ』を読む前なので、過去のことはほぼ忘れている状態です。カールやシューバルトに近づいたのは「計画」のためで、屋上に行ったのも、カールがあの場所に通っていることを事前に知った上で待ち構えていたのでは?
すべてカールの信頼を得るための行動ですね。
とはいえ、あの涙が心からのものだったという意見も見るので、結局は読者次第だと思います。MONSTERはテンマがカンニングしたのか等、本当に解釈が分かれますよね。
涙と言えば、アイスラー記念病院で子供のヨハンが倒れるアンナに涙を流しながら手を差し伸べていたシーンは真実の涙だったと信じています。
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